6 Oct 2011

井上純弌氏による「萌え絵/エロ絵」講座・第二部

さてダラダラやってきましたが後半。今回の分を終えると、残りは補足的に語られた30分くらいのトークになります。

しつこいようですが、先にpost済みの「批評について」を一読した上での閲読をお勧めします。あくまでここにテキスト起こししてるのは、井上氏の主観による萌え論でありエロ論である、という話です。

なお、これまで注記してませんでしたが、各種項目立て及び項目の名称は、整理するにあたって私が勝手に作ったモノなので、適正とは言い得ない場合もあるかと思います。メモの誤記・記憶違いの可能性と合わせて、予めご留意ください

 

6)講座第二部:萌え絵/エロ絵の正解とは

a)エロ絵に「正解」はあるのか

さて、「エロは望遠である」という話を第一部でしたワケですが。これだけなら「はいそうですね」で終わっちゃうけど(笑)。次は「エロって何なの?」「エロ絵(萌え絵)って何なの?」という話をしようかと。

(プロジェクターに謎の画像を表示)

これって何か分かる?

これ、口なんです。では何の口か分かりますか? 意図的にこれは上下逆に表示してるんで、ひっくり返して(戻して)見てみましょう。

(画像、上下を反転させる)

……そう、平野俊貴さんの絵なんです。「イクサー1」とかの。その口元だけ切り出したもの。

(鼻先と口の部分だけだった画像を、キャラの顔に戻す)

でもこれ、今見るとおかしいんですよ(笑)。あの時は凄いいい絵だと思ってたのに、今振り返ってみると「何だったんだアレは」。

昔はエロかったのに、今見るとエロくない。もしくは「何でこんなモンがエロかったんだろう」と思う。これは、今の僕らの判断が正しいんだろうか。過去の気持ちの方が正しいんだろうか。

そういう話をここからはしたいんです。

これは「エロの時代性」というより「エロに正解はあるのか」という問題ですね。

過去に松本人志が「一人ごっつ」って番組やってたの知ってます? この第一回で「あの、俺考えがあるんやけど。お笑いには、正解があると思うんや」って言ってたんですが。

コレなんです!

僕は当時観ててすげえと思った。お笑いには絶対に誰でも笑わせられるっていう正解があるんだと。

今回僕が言いたいのは「エロにも正解があるのか」。全員がエロいって思う正解。そんなのが見つかったら、こんな素晴らしい事は無いって思いません? もうここに居る全員エロ漫画家ですよ(笑)。

もしくはね。「あの、炎天下もしくは酷寒の地で半日近くも並んで、アイツらは一体何を買っているのか」っていう話ですよ。何がお前らをそうさせるのか。人をそこまでさせる絵とは何か。

…そこで、この絵なんです。

昔は平野さんの絵にあったんですよ。「平野さんが原画を描いてる」っていうだけで、そのビデオを買う価値があった。僕も平野さんの絵真似したし。

 

b)時代に左右される「正解」

他の例、せっかくだから「マクロス」の資料を出しましょうか。

(プロジェクター、早瀬未沙のキャラ設定画を表示。ブリッジ用ヘッドセット着用の斜め正面顔)

早瀬未沙さんです。

で、おかしいんです。これ原画じゃなくてキャラ表ですよ? これを見てみんな原動画を描かなきゃいけない。でもあなた方がアニメーターだったらこの絵を動かせますか? 無理ですよ。頭長すぎるもん(笑)。耳ここ(目の下、鼻先に対し高さ合わせた位置)にあるのおかしくない?って思うんですよ。

でもね。昔は凄い良かったの。みんな好きだったでしょ。

この中に「マクロス」をリアルタイムで観てた人居る? ……多いな。思ったでしょ? 映像が流れてきて「コレだーっ! 俺たちが観たかったのはコレだーっ! 俺たちがチンピクするキャラはコレだー! リン・ミンメイかわゆす」って(笑)。

でもおかしいでしょこの絵。今のアニメーターさんだと動かせないかもしれない。

なぜなら、独特の文法で描かれているから。独特のバランスと言ってもいい。

これ動かすと絵崩れますよね。今見ると「どうやって動かすんだ」って思うんですよ。

もう1つ見てみましょうか。

(早瀬未沙、同じ状況の横顔設定)

こっちでも絵がおかしい。だってこれ、振り向けないもん。縦横のバランスが変なんですよ。

でも当時はそんな事誰も思わなかった。作画バランスの悪い回で「なんだこの絵、作画悪いなぁ」とは思っても、「実は美樹本さんの絵っておかしくねえ?」とは誰も思わなかった。

あの瞬間、間違いなくあの絵は当たり前だったんですよ。

みんなあの絵が動かせる絵かどうかなんて考えてなかった。

この絵は(デッサン的に)おかしいんですよ。目の位置おかしいし、鼻もこんなんじゃない。首の繋がりも怪しい。でも逆に言うと、この会場には居る筈なんですよ。「おいおい井上純弌、何言ってんだ。俺には普通に見える」って人が。

 

次に「センチメンタル・グラフィティ」の絵を見てみましょうか。

(画面、「センチ~」のキャラ版権イラストに。以降トークに応じて「センチ~」絵を次々に)

これはね、始めて10万本を超えるヒットを実現したっていう、とんでもないギャルゲーなんです。

どのくらい売れたかって言うと、当時この絵のポスターが売ってたんですが、秋葉原の戦士たちはそれを次々に回収していった。余りにもその数が多いから、戦士たちのリュックがミサイルポッドのようになっていたくらい(笑)。かつてそういう時代があったんです。懐かしいでしょ。

この絵も今見るとおかしい。変だ。だって耳こんな位置じゃないし。目離れすぎだし。

でもこれが良かったの。

これだけじゃないですよ。他にも「センチ~」の画像出してみましょう。これも、これもおかしい。

目が大きいってのは今も同じ傾向ですけど、離れてるよね。ちなみに「セーラームーン」って今観ると「首長ぇなぁ」って思いますよ。

 

次の例を見てみましょうか。こちらは竹井正樹という当時天才アニメーターと言われた男が描いた「同級生」というゲームから。

(プロジェクター、「同級生」原画集表紙を表示。以降、中の原画を表示していく)

ウィキペディア見ると竹井さんの当時の評価が分かります。「正確なデッサンで名を馳せた」。いいですか、「正確なデッサンで」。……正確かよ(笑)?

この絵はカバーだから、マニアから「それは描き下ろしだ」ってツッコミを喰らうかもしれない。「あの画面の中は違ってたんだ!」って。じゃあ画面出してみましょう(笑)。

……ほら。おかしいでしょ。あのね、正中線が取れてないの。右と左で目元の大きさもちょっと違うよね。これなんか身体に首が埋まりすぎ。顔もおかしいですよ。この髪の毛の出方は何?とか。これ、みんな実際に使われてたキャラ絵なんですよ。

これは僕が竹井さんの悪口を言いたいワケじゃないの。他の方もそうなんだけど。

だってほら、この画面見てよ。これは僕が原画集をちゃんと買って、そこから取り込んでるの。模写してたんだよ。僕がエロゲ原画描く時の参考にしてたの。

 

でもこちらの絵はデッサンが合ってる。今見ても普通ですよね。つまり竹井さん、正確なデッサンで描けるんですよ実は。このオバサンの絵見ても普通でしょ。年上のキャラになると俄然デッサンが合ってくる(笑)。

では何故オバサンだとデッサンが合ってくるのか。さっきのキャラ絵では何故デッサンが崩れてるのか。つまりコレね、ヒロイン格で無い年上キャラ(今のサンプルの年上キャラの1人は一応ヒロイン扱いですが)を描いてる時は、デッサンに普通の人の要素を入れてるんです。

これはですね、漫画ではよく使われてる手法なんですよ。

例えば「マガジン」の不良漫画で考えよう。不良が出てくる。NPC(Non Player Character)で不良が出てくると、異常にリアルに描かれてるんですよ。骨格とかね。でも例えば「特攻(ブッコミ)の拓」とか、主人公のキャラがマンガしてるでしょ。他にも「デビルマン」だってそう。ヒーローたちは全部漫画の文法で描かれてましたけど、暴徒はみんなリアルな頭身で描かれている。

ではそれは何故か。それはつまりデッサンの正確性=客観性を入れることによって、自分から遠くなってしまうんです。つまり「他者」であると。こいつらは殺してもいい、もしくはこいつらはストーリーに絡まないよと説明してくれているワケなんですね。

この「他者」って表現のために、実は年上キャラって意外と正確なデッサンで描かれているんですよ。だから今見てもおかしくない。でも、こういうキャラは当時はヒロイン格になれない。それよりは今見るとデッサンが狂ってると思う方のキャラに、実は当時はグッと来てたんです。

 

他にも七瀬葵さんって方がいらっしゃって。

(プロジェクター、七瀬葵のナコルル同人誌を表示)

これ今見るとビックリするでしょ。これにみんな殺到してたんです。……変でしょ? 全然良くない。でも当時は凄く良く思えたんです。……いや、これも七瀬さんの悪口言いたいワケじゃないんですが(笑)。

 

でね。過去と今のどっちが正解かっていう命題に戻ります。

ここで僕は今からキバヤシみたいに結論から先に言います。

(今の)我々が間違ってて、当時の彼らが正しかった。

……ああ、見えた見えた。皆さんの背景にアシスタントが丸一日かけて描くようなベタフラが見えた(笑)。何言ってんだキバヤシーっ!ってヤツですね。

そう、「萌え絵」ってのは必ず歪んでるもんなんです。しかも明後日の方向に

 

近い例として、'00年代の「こみっくパーティー」を挙げてみましょうか。

(プロジェクター、「こみパ」のイベントCGを表示)

綺麗に画像スキャンできてますよね。勿論僕が参考にしてるからです(笑)。

「こみパ」は'00年代だから、まだこれまでのサンプルより時期的に近いんですよ。でも今見ると、このみつみ美里さんの絵なんかもおかしい。このほっぺたとかね。当時はグッと来てたんだけど、今見るとやっぱり何にグッと来てたのか全然分からない。でも良かったんです。この絵に僕らは行列作って並んでたんですよ。

でも僕はみつみさんの悪口を言いたいワケじゃない。みつみさんと甘露樹さんの最新作「ToHeart2」の広告見ました? すっっごい可愛いの! 正にこれが欲しかった。これが正解!

……この問題、要するに彼(甘露)と彼女(みつみ)は、その時代時代の「正解」をピンポイントで掴んでるという事なんですよ。だから10年後に振り返って見ると変なんです。

 

だからエロって何かとか萌えって何かって言うのは、その時代時代にしか無いものなんです。

時代性に左右されるんです。その時代時代に左右されて、共通する正解ってのが存在しないんです。

さっきのみつみさんの絵、もう1度表示してみましょうか。当時はこれが良かったんです。

 

c)萌え絵・エロ絵とデッサン

今度は竹井さんの「同級生」の絵をもう1度出してみましょうか。

竹井さんはね、後に原画家になってエルフのゲームを当てた後にエロゲの会社まで作るんです。それでプロデュース業を始める。でもそのゲームは上手くいかなくて、自分でもう1度線を引く原画の仕事に戻ってる。ちょっとその絵は持ってこれなかったんだけど、あんまり上手くない。上手くないって言うか、こういう絵じゃない。

じゃあ竹井さんが当時のような絵柄をもう1度描けるようになったら売れるのか。逆に、みつみさんと甘露さんがタイムマシンに乗って(なんか出来るらしいね今度(笑))、「こみパ」の時に今の絵柄を描いたらどうなるのか。

「うわーすげえ萌える」とはならないんですよ。「なんだこりゃ」「下手なパクリだ」「全然ピンと来ねえよ」とか言われるでしょう。それは何故か。

 

昔にもデッサンちゃんと描いてた人は居るんです。例として”偽物”を挙げてみましょうか。

(プロジェクターが「センチ~」の18禁画像を表示)

これ「センチ~」のエロ同人です。今見ても普通でしょ? ちょっとおかしい所もあるけど、今見ても普通。勿論本人が描いてるんじゃない。でも、当時僕これ見て「魅力ねえなあ」「何か変だ」って思ってたんですよ。そっくりには描けてるけど全然違うよって。でも今見ると本家よりこっちの方が普通なんです。分かります?

じゃあこの人が当時一番になれたか。なれないんです。

どういう事かって言うと、本家の、デッサンが変な方が正解なんです

 

……僕はねえ、この事同人誌にしようと思ったの。でも止めた。何故か。多くの人間に迷惑をかけるから(笑)。

分かる? つまりね。「お前らの買ってる本は、10年後には意味が無い」って言う事なんです

全く意味が無い。例えば初音ミクいいなぁって思う。でも10年後はどうか。確かにミクは描く人によって色々違ってくるから長続きするとは思う。でもその絵・その画像は10年後とかに見ると、意味が変わってしまう。そういう事が起こってしまうんです。

そうなると最も意味のない事は何か。それは複数買いなんです(笑)。同じ物を2個買う事に意味は無いんです。だって、どうして2個買うの? 取っておくためでしょ。でも10年後には(その萌えポイントが自分でも)分からないんですよ? そんなの意味無いでしょ。

だから「萌え」っていうのは、「エロ」っていうのは、その瞬間にしか無いんですよ

 

デッサンが取れて客観性のある絵は今でも見るに耐えうる。じゃあ村田蓮爾先生のように(村田さんも最近萌えに寄って来てる気がするけど)、ちゃんとしたデッサンの絵を描けば、時代の経過に耐えうるのではないか。多くの人を長く引き留められるのではないか。だとすれば、完璧なデッサンの絵こそ正しいのか。違うんです。

それが出来ないのは既に話しましたね。大人キャラは萌えキャラ枠じゃないって。これは「記号」なんだぞって。それが理由の1つ。もう1つ、萌え/エロについて言えばそうする意味が無いんです。

 

d)AVも例外でなく

ではここで、昔のAVの画像を見てみましょう。'80年代くらいの。

(プロジェクター画面、各種AVのパッケージやグラビア記事画像を表示していく)

当時を知ってる人なら分かるだろうけど、'80年代って劇的にAVの質が向上してるんです。でも、今こうして見るとちょっと怖い。

比較対象として'00年代も見ましょうか。うん、これはダサい。'80年代から20年経過してるのにダサい。でも、さっきよりマシでしょ? 実は'90年代に結構マシになってるんですよ。ほら、急に良くなってるでしょ。

ではこれって、女の人の質が上がってるのか。女の人のスタイルが良くなってるのか

命題を広く捉えると「我々は前に進んでいるのか」。人間って常にこう思いたがるんです。そうじゃないと日々やってる事が無意味に思えるから。

例えばさっきの、みつみさんや甘露さんは「こみパ」当時、絵が下手だったのかという話になる。「前に進んでいる」のなら「今だったらもっと上手く描ける」事になる。

 

実はこれ、化粧とライティングの違いなんです。進化なんかじゃない。

ベクトルの違い、方向性の違いなんです

だって素材は一緒だから。素材にどんな化粧を塗って照明を当てるかで、時代性が出てるんです。

例えばここで'80年代から'00年代までの全部のAVを出してきて、年代順に並べ替えろって言われたら、多分多くの人が正解すると思いますよ。ほぼ順番通りに並べられる。それはみんな「こっちの方がいい」って形で知ってるから。今の時代に近づけば近づくほど「こっちの方が良くなってる。昔のはダサい」って思うんです。

でも本当にそれ、ダサかったのかって話ですよ。違うの。ダサいんじゃなくて、その時はそれが良かったんです

さっきの絵柄の話でもそうですけど、その「ダサい」のが良かったんです。「ダサい」から売れてたんです。もしも今のAV女優がタイムマシンで昔に行ったら、今の女優でも同じように化粧して同じように撮られちゃうんです。今売れてるAVのパッケージを持って行っても「なんて革命的な絵なんだ!」とはならない。なんか物足りねーなーとか、なんだコレAVに見えねえとか言われた挙げ句、こんなの売れねえって返されちゃうんです。

 

先の絵柄やデッサンからの逸脱だけじゃなく、化粧もその時代時代でないと意味が無いんです

例えば10年前の化粧って(化粧品自体は生鮮食品みたいな物だから腐ってると思うけど)、今の女の人がそれを見ても「おおーっ」とか思わないんです。「こうやってたんだ」と、分析的視点で今を推し量る意味しか無いんです。

 

e)問題は人の生殖行動に

……ここまでの議論も、ここからの総括も全部僕の主観なんで(笑)、「んなワケねーよ」と思う人も居るとは思いますが。

つまるところ、化粧も、エロも、萌えも、その時代にしか存在しない物だと言う事です

何故こんな現象が起こるのか。何故エロは今しか無いのか。なぜみんなが今「それ」を欲するのか。

 

簡単な事なんです。それは生殖行動に繋がっているからです

「今一番いい雌を捕まえなきゃいけない」。その生殖行動に左右されてるからです。

男はみんなそうです。女の人は違うかもしれない。

この話はあくまで男中心の、萌えとエロの話です。だからBLとかの場合はもっと別な分析が成り立つ筈です。……だから是非誰かに分析をやって貰いたい。そして売れなくなって欲しい(笑)。僕のように。「そんな事やってもお金にならねえぞ」とか怒られて欲しい(笑)。あるいは里見さんのように「止めた方がいい」とか。

 

人間って農耕生活に入る前は狩猟採集生活をしてたんですよ。どっかその辺の物を食って生活してた。それが農耕民族になった瞬間に、家族を作らねばならないって枷をかけられて、夫婦ってのを作る事を求められるようになる。だけど我々は本能で生きてるんで、この間NHKスペシャルでやってたように、夫婦って大体3年から5年の辺りで危機を迎えるんです。その頃になると飽きちゃうんです。これは仕方がないんです。狩猟民族だった時代の名残だから。その頃には生殖が終わり、旅に出てしまう筈だった。それを農耕民族になったから抑え込んでいるんです今の我々は。

そういう問題が、化粧にも萌えやエロにも適用されるんです。

あれらは生殖行動に繋がっているからこそ、「今」でなくちゃいけないんです

 

ちょっと逆方向の話として。

山野車輪って人が「なる☆まん!」って漫画を描いてて、これがとっても面白いんです。

今の漫画家は既得権益を持ってるって言うの。今の、長い巻数を重ねてる連載陣は、雑誌の連載枠を押さえて、より自分の作品を売っていく事ができる。新人はその中になかなか入っていく事ができないっていう既得権益。そしてもう1つ。そういう連載陣の今まで描き溜めた漫画が市場に流れる事によって、それが古本なんかに流れたら値段もガンガン下がるワケです。過去の名作(名作だから当然面白い)がそうやって安価に市場に流れてるから、それらが新作を押しのけちゃって新作が売れない。だから新作を描く新人が食いっぱぐれる。そういう既得権益。

勿論これは全て本当の事です。

但し、エロは除くんです。

エロは、過去の名作が今の作品を押しのける事が出来ないんです

古くなる物だから。「生鮮食品」だから。我々の生殖に密接に繋がってるから、必ず新しい物じゃなきゃいけないんです。

男は必ず女に飽きちゃうから、その飽きる感覚がエロに反映されちゃうんです。

 

今、萌え絵描きは沢山出て来ています。口汚いヤツの中には「半年単位で萌え絵の流行が変わる」って言ってるのもいる。けどそれは嘘。違うんです。半年単位で変わるのは寧ろ女の子。これはキャラが変わるというより、みんなに合わせて少しずつ描き方が変わるっていう変化です。

実は男の描き手には3年くらい読者も付き合ってくれるんです。恋愛と同じ。キャラもそう。

例えばハルヒとか。エヴァみたいにとんでもない領域に行っちゃうケースも稀にありますが、あれだけ人気だったハルヒもそろそろ陰りが見えてきた。「成恵の世界」なんて5年も付き合ってくれませんよ(笑)。「天地無用」なんてみんなもう忘れてしまってる(笑)。「今更天地無用かよ」って感じにどうしてもなっちゃう。僕は大地丙太郎監督が好きなんだけど、それだって今大地監督で「十兵衛ちゃんじゃねえだろ」って思う(笑)。「何回も何回もアニメ化してんじゃねえよ」と(笑)。

そうやって次々に消費されていくんです。そして過去は無いんです。我々の「萌え」世界には。

萌えという領域に過去は無い。次々に新しい物が出て、消えていく。それが萌えの世界でありAVの世界であり、エロと直結してる全ての物がそうなんです。

 

f)今を生きる、今に生きる

だったら我々は何をしたらいいのか。そこで僕は思ったんですよ。「エロ同人は何をしなければいけないのか」。……って、ここに業界人あまりいねえだろうなぁ(笑)。

エロ同人作家は今を謳歌すべき!

今最大効率で儲かる以外の事は無いんですよ。お前らの仕事が過去に振り返られる事は無い!(笑)

たとえどんなに辛くても、今を乗り切れば大丈夫という事は無い!

何故なら今売れてなければ、お前らは未来永劫売れてないんだ。

だから僕は、同人フィギュアで儲けるしかないな、という事に気が付いたワケです。この瞬間の金儲けしか無いんですよ。

 

無論これはエロの話ですよ。

中には崇高な理想を持った(一次)創作の人間、例えば「トライガン」の内藤泰弘さんのような人もいる。内藤さんの同人誌は装丁まで素晴らしい。芸術作品ですよ。歴史に残してもいい。コレは残るが、お前らは残らない。何故ならエロだから。

でも、お前らはその内藤さんの同人誌を並んで買ったか? 買ってないだろ? 僕は買った。あの時は列なんて無かったんです。フラリと行けば買えた。

でもお前らのエロ同人の所には行列ができるだろ、という話ですよ。

何故なら、並んでる奴らも知ってるんですよ。この夏、この瞬間にしか意味のない本だからこそ並んでいるんです。悲しいハンターなんですよ(笑)。

勿論「悲しい」と言っても本人充実してますが。10年後には紙屑同然になる物のために並んでるワケです。でも僕はそれを悪いとは言わない。

 

……だからこの話って本に出来ないんですよ(笑)。

でもここに居る人には、僕の声の大きさやイントネーションで、僕の言いたい事のニュアンスを感じ取って欲しい。

だからこそ、素晴らしい!

だからこそ、奴らは今生きている。

だからこそ。今この瞬間を謳歌するためにコミケに居るんですよ。

お前らは、とらのあなで買う連中とはひと味違うんですよ(笑)。

ネットでポチる連中とはワケが違う。お前らこそ戦友でありお前らこそフレンドである!

流した汗の価値はあるぞ、と僕は言いたい。

 

っていう話で僕の今日の話はほぼお終いなんですけど。

まとめると、

「萌え絵」ってのは生殖活動に直結してるからこそ移り変わりがあり、だからこそ今しかない。

だから今を謳歌するしかエロ漫画には無い。

そういう事だから、エロ漫画家に僕は言いたい。

今一番儲かる方法を考えろ。今一番売れてる絵柄をパクれ(笑)。

勿論、昔の絵柄を引きずって、昔のタイトルのセーラームーン本を出す事で、例えばBLACK DOGさんみたいに、今なお壁際にいる人もいる。そういうやり方もあるんです。それは生き残りの戦術として、そこに市場があるならば供給すべきなんです。

それは平野耕太が「大同人物語」で描いてた、「ただ一つの理(ことわり)」ですよ。

「『人に求められている漫画を求められているだけ供給する』、漫画がこの世に生まれてきた時からのたった一つの理だ! 何が悪い!」正にその通りなんです。

同人誌ってのは、その瞬間に、欲しいヤツに欲しいだけ配るものであって、過去を見返す物ではない!

今を謳歌しろ! もっと買え!と。それによってお前らは幸せになるんだと。