電子書籍、粗製濫造の世界へようこそ - 田代真人/アゴラ
電子書籍はどうか? 著者が執筆のみならず編集もして電子書籍化し、販売までおこなう場合、ともすれば、著者以外のだれの目にも触れることなく、いきなり発刊できてしまうのが、究極の電子書籍の世界だ。こうなれば内容が公序良俗に触れていようが、他人のコンテンツを模倣しようが、おかまいなく“商品”として棚に並べられる。当然違法性の強いものはその後削除されるだろうが、それを指摘されるまではそのままだ。最近のアップストアでの海賊版騒動やAmazonでの「小児性愛者ガイド」騒動でもわかるだろう。つまり、品質がいい悪いも関係なく、第3者のチェックもなく販売されるのが電子書籍の世界、粗製濫造の世界なのだ。ただ、間違いなく良質なものも含まれるだろうから玉石混淆ではあるだろう。そうなると玉をどうやって見つけるかが重要になってくる。であれば玉がそろいやすい出版の仕組みをもつ出版社が有利である。
現在の紙の出版社のように、電子書籍であっても編集者が著者以外の第3者として、内容に関わることによって、その品質を担保できる仕組みがあればいいわけだ。だが、編集者が関わるといっても、その人件費を考えるとそう簡単ではない。電子書籍で稼ぐことができるというビジネススキームができていない現状、それら人件費を含め投資ができないのだ。
逆をいえば、儲かるかもしれないというビジネスモデルさえできれば、新しいビジネスとして華ひらく可能性がある。投資家も出てくるだろう。お金を集めることができれば、紙の初版印税に代わる前渡し金を著者に支払うことができる。であれば、紙に固執しなくても著者のリスクは減るので、紙で発行できる作家が優先して電子書籍版を発行することも可能になる。




