30 Sep 2011

井上純弌氏による「萌え絵/エロ絵」講座・第一部

ということで講座本番です。講座中にプロジェクターで図表を使いまくってたのに、手元にあるのはメモ書きばかり(状況は記憶と想像に任せる他ない)とか、井上氏がライブで喋ってるからこそネタとして成立してる黒いトークやディープなネタが、テキスト書きになると角が立ちそうでデトックスを考慮した(途中で断念)とか、余りにも多方面のオタネタ総動員なトークで筆者としてはメモからの講座再現が難しかったり(実は「攻殻機動隊」オープニングについては具体的解説があったけれど、私自身初号試写を観たっきりなので再現を断念)とか、難航させていただきました。

予め前回投稿の「批評について」の項を一読した上で(それを前提に)読んでいただくのをお勧めします。個人的に「余りに断言の目立つ主張は疑ってかかれ」という意識があるのですが、自分の才能や、努力で底上げする力量に限度があるのを分かった上で、それでも確実に萌えなりエロなりでイラストや漫画を描いていくための考え方であり、一つの割り切り方なのかな、と捉えております。

5)講座第一部・構図と歪(ひず)み

a)萌え絵とエロ絵
「中国嫁日記」を始める前に、僕フィギュアを沢山やってたでしょ。その切っ掛けになったのは「同人誌って一体何だろう」と考え始めた事で、それから10年以上経つけど何も変わってない。「同人誌って何だろう」っていうのは、「エロって何だろう」という疑問に繋がるんです。

「萌えって何だろう」と「エロって何だろう」は、この際区別しません。
それは何故か。僕が今から言う事の「エロ」を「萌え」に置き換えても何ら問題が無いから。ここで大事なのは、エロと萌えがイコールだって話じゃない。エロと萌えは明確に違うものなんです。でも同じ文法で扱っていいものなんです。舌に感じる痛覚を「辛さ」と捉えているのと同じです。その辛さと痛さに通底する痛覚を僕は語ろうとしている。エロと萌えの違いは強弱の問題。でもこの違いがとても大事で、境界が凄く難しいから、エロを萌えに投入しても失敗したりする。筆の喩えを使うなら、大作用筆には面相筆の代わりはできないんです。
基本的に今日僕はエロについて語ります。萌えについては、強弱の問題としてエロを弱くすれば萌えになると言えるんだけど、弱くする作業が物凄く大変なので、これは僕以外の誰かが語るべきです。萌えとエロは同じ文法でも別な論理を持ってるんです。でも同じ「筆」だから、僕は共通文法にあたる「筆」を語るんです。

b)構図論:スーパーマン2人
プロジェクターに今表示してる絵は山本貴嗣先生の「本気のマンガ術」から引っ張ってます。
これは素晴らしい本です。主観に満ちあふれている(笑)。「ホーリーランド」でグレイシー柔術を使う奴だったかが舌をペロリとやって「おいしい」って言うような心境です。「どんな主観で俺を振り回してくれるんだろう。おいしい」(笑)。

山本先生は素晴らしい技術の持ち主です。「レンズ」=世界を見る目と言うか、世界を描き表す目を、沢山持っている。
この目=レンズは、普通の漫画家は1本しか持ってないんです。あの安彦良和さんも1本。これは(スタジオ)カラーの人から教えて貰った話。その人は2本くらい持ってた。プロダクションIGの凄いレベルの人だと3本持ってるんだって。で、山本さんはと言うと、3本持ってるんです。この人はだから、IGの凄いレベルの人並みの実力を持ってるんです。
端的にそれはどういう事かと言うと、レンズを変えるのに合わせて、身体の描写を綺麗に歪ませる事ができるんです。

ではこの本、どんな主観なのか。具体的に言うとこうです。
2人の剣豪が立ち会って勝負って状況で、キン!と暗闇のコマが入って、次のシーンで2人が離れてる。片方がチンと刀を収めると、もう片方が倒れる……って演出。「もういい加減にこんな詰まらない演出は止めよう」って言うんです。代わりに、この剣豪は刀をどう握るのか、どう振るのか、どう当てるのか…といった事を考えて描くべきだって。僕はいくらでもこの演出描いちゃうべきだと思いますけどね(笑)。そんな事言ってたら「BLEACH」は描けない。だったらチンと刀を収めた後のリアクションにバリエーションを増やすとか、引き出しを一杯作っておいた方が、実際に描くのには役に立つ。でも山本さんの言ってる事は全て正しい。正論なんです。他にも、自動式拳銃とリボルバー式とでは、握ってる手の持ち方が違うのに、皆ごっちゃにしていてけしからん、とか書いてある。確かに違うんだよ。グリップ握ってみれば分かる。でも拘り過ぎじゃないかと。

拳銃絡みで余談ですが、ソノケン(園田健一)さんの場合。同じ自動拳銃を持ってるのに握りが違う場合がある。どういう事かと言うと、キャラクターそれぞれで指の長さが違うから、指の出方がそれぞれで違っちゃってるんです(笑)。
ソノケンはねえ、コミックマスターJが(岡昌平の二次創作で)内股になって泣きながら逃げ出した男なんですよ(笑)。この間も「最近のガキは」ってボヤいてたんで聞いてみると、アシスタントが車の絵を描いた。それに没を出した。でも何故か分からない。聞いてみると「頭使って描いてるのか? この車には人が乗ってねーだろ」。更に分からなくて聞いてみると「サスが凹んでねーだろ」って。画面に描かれた車の絵を見ても、我々にはサスが沈んでるかどうかなんて判別できません。園やんには分かるんです(笑)。「園田さん、その描き分けができる奴って?」と聞いてみたら、挙がってきたのが「ことぶきつかさ」。それだけの腕があれば、ガンダムAで連載持てるわ!

…それはともかくとして、山本さんはそれぐらい凄い人なんですが。
その「本気のマンガ術」の中にあったこの図が分かりやすい。

(プロジェクターで3種の構図を比較する一覧を表示)
上段が広角レンズの構図、中段が標準、下段が望遠の構図です。

どういう事かというと、この広角の画面の一部を切り取ったのが標準で、その一部を更に切り取ったのが望遠なんです。広角の中に要素が全て入ってるんです。
広角ってのは何かと言うと、「全体を描く」事なんです。広角ってのは3Dです。画面に奥行きと長さがある。標準だとそれが無くなってきてる。望遠にまでなると全く無い。望遠の世界は全て平行な世界。この世界では絵は歪みません。広角だと歪むんです。
「あれ? 広角>標準>望遠って、被写体に段々近づいてきてるじゃないか」とか思うでしょ。でも違うんです。これは近づいてるんじゃなくて、レンズが違うだけ。背景を見比べれば分かる。あと広角の構図を見ると、奥側の人物が広角だと凄い奥でしょ。手前側の人物が凄い近いでしょ。これが歪んでる状態。反対にこっちの望遠構図は歪んでない状態。

最近のアニメーターは画面の構図が望遠なのに、手前の要素だけを大きく伸ばしてたりする。これはデジカメによって「レンズ手前の物は歪む」って新しい感覚が生まれたんです。でも本当は、この広角の構図みたいに綺麗に歪ませなきゃいけない。これは人間の肩のラインとか見ると分かるんです。
これがちゃんと出来る人が少ないんですよ。山本さんにはできる。でも普通の人間にはできない。

これに関して山本さんが「これはやってはいけない」って言ってるのを挙げましょう。それは「1つのコマに違うパースを混ぜないようにしよう」。広角の人間を望遠の画面の中に入れると書き割りみたいに見えてしまう。広角の画面の中に望遠の人を入れると、望遠の人は歪まないからやっぱり違和感がある。
では広角の画面に望遠の人を入れた構図を見てみましょう。……見ててそんな違和感無いでしょ?(笑) それが分かるのは山本さん、あなたが凄いからなんです。スーパーマンじゃない僕たち一般人には分からない。それにこっちの方がなんか収まりが良く見える。格好いい。
実際、士郞正宗先生は背景を広角で描いてる中に、人物を望遠で描いている。だから彼の美少女絵はどっから見ても同じ「ハンコ絵」なんですけど、それは別に士郞正宗が僕たちを騙してるとか楽をしてるって話じゃないんです。そっちの方がいいんです実は。

c)構図論:萌え絵とエロ絵は望遠
(プロジェクターで自作の、男女の情交シーンのラフ絵を広角構図・望遠構図で比較)
(まず広角レンズの構図を写して)
AVって基本的に広角レンズで撮影してるんです。特に沢山の人とやる場合、物凄い広角レンズを使う。何にでも対応できるように、全てが画角に入るように。だから手前の人物が拡大されて、奥の人物が小さくなる。

で、こうして見てみると、広角の方が迫力あるように見えるでしょ?
でもね。3Dだと迫力はあるけど、突き放した感じがするの。読者を冷静にさせる。後、絵が下手だと奥の人物が小さいって思っちゃう(笑)。これ皆笑ってるけど、すっごい重要な事なんですよ。絵が上手くないとエロ漫画描けないなんて、そんな信じられない事があるかって話で。
そして3Dは客観性が入るんで、なんかバカっぽい
世の中には凄い絵の上手いエロ漫画家がいて、こういう広角の構図を多用する人がいるんだけど、大抵そういうのはバカっぽい話になっている。これは実は、絵の上手い人がバカっぽい話にしようと思ってるんじゃないんです。こういう構図を多用したネームを切る事で自分に客観性が生まれて、キャラやシチュエーションを客観的に冷めて見てしまうの。「こんなのあり得るか?」って笑えてきちゃう。で、ハハと笑ってギャグ話にしちゃうの。沙村広明先生のギャグ漫画なんかそうですね。「無限の住人」で有名な沙村さんですが、あの人はくだらないギャグ漫画も描く。なんで描くかというと、あの人は絵が余りにも上手すぎるから。

(画面を望遠構図の絵に替える)
次は望遠です。
近くに見えるでしょ? 2つのモチーフ(絵の中の男女)との距離感が無くなって近く見えるんです。これで何が違うかって言うと、ヤってる感じが強い。絵が下手でもそれなりに見える(笑)。これは非常に重要な事です。皆エロ漫画ではこういう構図で描きますけど、中には絵が描けなくてこういう構図にしている人もいる。
そして客観性が飛んで、臨場感が出る。これがエロなんです。これが重要なんです。
昔キムタクが出てた「HERO」ってドラマあったでしょ? あれ見てると分かるんですけど、最初はずーっと遠景で撮ってるんですよ。クライマックスになってくると、ずっと顔のアップを写してるんです。アップって何かというと、望遠レンズ。アップっていうのは、感情移入させたい構図なんです。パースを殺した方が、その人が(心理的)仲間になる

押井守監督はこれを逆手に取って、魚眼レンズを使って撮る。押井さんの映画には一定の法則があって、魚眼レンズで撮ってると、これは必ず誰かにスパイされてるの。誰か監視者がいる場合に魚眼を使うの。魚眼の構図で客観性を入れると同時に、誰かが見てるぞと告げる記号として使ってるの。
「攻殻機動隊」のオープニングもそう。もうワンシーンで素子が人形遣いに出会って次の段階にシフトする物語を予め説明している。それは凄い事なんだけど、こんなの普通理解されない(笑)。俺だけが喜ぶ(笑)。

…話を戻すと。
「その人のつもりになれる」のが望遠なんです。だから望遠は多用すべきなんです。

(プロジェクター画面、18禁同人誌の抜粋に切り替え)
これはbolze.さんの新刊。なぜ新刊かというとbolze.さんは常に進化してるから、新刊を使わないと悪いと思って。bolze.さんはコミケの最大手で何千部も1日で売っちゃう方で、僕なんかは下の下です。
で、大体毎回似たような感じの本を作るんですね。それを指して「手抜きだ」とか言う人がいる。でもそれは違うんです。彼は選んでそうしているから。実際に彼の同人誌は確かに凄くエロい。それは何故か。
画面を見てください。彼の絵には構図が無い。パースが無いんです。望遠と同じで、こっちの方がエロいんです。臨場感があるから。彼はそれをよく分かってるんですよ。何故なら、彼は昔はパースのある絵を描いていたから。敢えて止めたんですよ。
(画面、別の同人誌に)
こちらは私の大好きなMTSPさん。極端なパースなんて全然無いでしょ? 全部同じ。

売れてる同人誌ってパースが無いんです。要らないから。
それは彼らが楽をしようとしてやってるんじゃなくて、彼らは分かってるんです。その方がエロいって。
エロというのは、基本望遠なんです。望遠でなければエロは描かれない。

これ実は「萌え」もそうなんです
次の資料は「萌え絵の教科書」(refeia)なんですが、これも非常に面白い本です。
萌え絵の描き方が端的に書いてある。あまりにも端的なんで、「難しい構図は描かないようにしましょう」とか書いてある(笑)。素晴らしい本です。なぜならスーパーマンでない我々に凝った構図とかできないから、入門編としてはこっちが正しい。
顔の描き方として参考に、「正面でない顔の描き方」。

(プロジェクターで内容を表示)
顔のパーツ全部平行に揃ってるでしょ? つまり全部望遠なんです。
この本、丸々一冊読みましたがパースの話は出てきません。一切。萌え絵にパースは無いって、この本の彼は知ってるんです。だから説明しなかった。必要なら説明しますよ。萌え絵にパースは要らないんです。
でもそれは「手口」じゃない。これは重要な事なの。思い入れってのは基本的にエロ絵と同じですからパースが要らないんです。わざとパースを消してるんです

次にこちらを見てみましょう。
(プロジェクター、美少女のトゥーンシェード3DCGを表示)
トゥーンシェードです。3DCGを萌え絵風に処理した物です。これ、3Dデータだからカメラなんて幾らでも切り替えられるんです。
ところが、ゲームの世界では全部望遠が使われてるんです。アイマスもそう。
アイマスは舞台の上のアイドルをカメラで追う設定になってるから、プレイヤーは「臨場感ある見せ方」として捉えてますけど、それなら別のゲームでは望遠である必要性が無い。普通に撮ればいいじゃんと思う。でも、やらないんです。
やると何が起こるか。これは重要な事です。これは本当に3Dをやってる人に聞けば分かるんですけど、実はこれらのゲームは、わざとこうして望遠にしてるんです。3Dで望遠にしておかないと、顔が崩れるからです。望遠にしておかないと、顔にパースがついておかしくなっちゃうんです。そうすると、「萌え絵」だと僕たちに認識できなくなっちゃう。そのキャラだと認識できなかったり、もしくは「可愛い」と認識できなくなる
さっき士郞正宗さんの話したでしょ? 背景は広角で描かれてるのに、キャラは望遠だって。それは、彼が「それが一番キャラが可愛く見える」って事を知ってるんです。「可愛い」って文法の中には、実はパースが無いんです。なぜならパースの無い絵こそ、我々の中に培われたエロというものだから

d)構図論:古今東西エロスは望遠
これ、今だけの話じゃないんですよ。次に昔の「春画」と呼ばれた江戸時代の絵を見てみましょう。

……ビックリするでしょ? みんな望遠なんです。「この時代にはカメラが無かったから当たり前だ」と言うかもしれない。でもその頃、既に西洋では遠近法が開発されてるんですよ。勿論日本では遠近法が開発されなかったからだという事もできるけど、この頃既に西洋絵画とか入ってきてたから、描く人がやろうと思えばできた筈なんですよ。やっても良かったのにやってない。広角で人間の大きさを変えて描く事もやってない。

それは、これがエロ絵だから。
抜く時に使われるものだから。だからパースを消してるんです。

古来我々は、抜く時・使う時には、常にパースの無い絵を選択してきてるんです。その証明なんです。
……あのね、今日持ってこなかったけど、西洋絵画でもエロっぽい奴って望遠で描いてあるんです。「泉」とか「裸のマハ」とか。あれは、歪ませたく無いんですよ。人間の身体を。その方がエロいって分かってるから。

……という所で1時間経っちゃったから、第一部はここでお終い。

 

29 Sep 2011

井上純弌氏の語る、里見英樹氏について、批評について

先の投稿がエライ事PVが発生しておりプレッシャーで若干ビクビクして自身の「売れたくない脳」を実感する昨今ですがいかがお過ごしでしょうか(枕トーク)。

ともあれネタは鮮度の高いうちに投下せねばならぬ、しかしイベントの本編トークはちょっと整理及び内容デトックスに手間が必要ぽいので、まずはお茶濁し的に間に合った部分から第二弾を投下しておきます。

前回記事起こしした井上氏の枕トークで、お題から外れる内容だったために敢えて割愛した里見さんネタと、本編トークの導入として語られた批評についての話。例によって前後した内容をイベント中のメモ書きからまとめたりしておりますので、そこで誤解や要約ミスなどが生じている可能性がある事については予めご了承ください。

……というか、こうして整理してみると井上氏の里見さんラブコールっぷりがハンパねえと思うのは私だけでしょうか(笑。

3)里見さんの話
「売れたくない病」話の発端になった里見さん(よつばスタジオ)の話って、凄く難しくて、凄い興味深いんだけど結論が無い(笑)。各々で考えろっていう。
そもそもこの話題で里見さんが言いたいのは、「面白い漫画」と「売れる漫画」に相互関係は無いって前提を踏まえて「お前は面白い漫画が描きたいのか、売れる漫画が描きたいのか」って話。

里見さんの話は、例えば誰かの批評を始めると「こういう考えがある。こういう考えもある。僕はこう思うけど、彼は僕の言う事を聞かないから、意味が無いからこの話は終わり」彼は物凄く頭が良いから、言う前に結論が分かるの。自分の言う事を聞いてくれないというのが予め分かってて、その(相手の抵抗を)乗り越える努力をしてくれない。
なぜなら、彼はその能力の全てをあずまきよひこという男に捧げ尽くすと心に決めたから。……カッコいいね! 他の人にもできるけど、やらない。なぜなら責任が取れないから。最後まで責任を取るっていうのは、本来編集ってそうあるべきではあるんだろうけど、複数の相手に対してそれをするのは無理だから、1人のためにその力を使うって心に決めたんだって。
だから、僕に対して色々言ったけど、それは責任取れないから強く推さない。

「売れたくない病」に話を戻すと、僕は「中国嫁」の売れた理由を分析しちゃダメって事になるからどう描いていいか分からない。自然体でって言ってもぎこちなくなる。「だから俺は言いたくなかったんだ」って(笑)。

いやぁ、とんでもない男だよなぁ。里見さんは(笑)。でもこれで僕があずまきよひこだったら、きっとどうすべきか教えてくれるんだろうけど、あの人は僕には責任持てないから言わないの。
僕は里見さん好きです。あまり好きになり切れないのは、断言してくれない所。あの人が断言してくれるのは、あずまきよひこだけ。僕には断言してくれないんです。


4)批評について(講座序論)
アニメの評論とか小説の評論とかって本当に食えないんです。町山さんの本を読めば分かるけど、町山さんは映画を語ってるんじゃなくて、自分を語ってるんです。小説の評論をやってて売れてる人は、小説を使って自分を語ってるんですよ。

でね。僕がこれからする「萌え」論は、とても面白いと思います。面白いけど、それは何故かというと僕が語ってるから。決してそれは真実じゃない。多分。批評が面白いのはその話してる人・書いてる人の自意識の部分、ないしはそいつの主観なんです

例えば脳の分析の世界でも、フロイトとユングが一番面白い。そっから先は面白くない。じゃあフロイトとユング、特にフロイト先生が何で面白いかって言うと、京極先生も言ってたけどあれは文学なんです。自分を語ってるから面白い。正確に言うと、登場するキャラクターが自分を語り始めるのが途轍もなく面白い。で、「この面白いのが精神分析だ!」と思うと、精神分析って事実の積み重ねになった瞬間につまらなくなる。あっちにこういう説があり、こっちにこういう説があり…って、満遍なく摘んでいくと、大抵つまらなくなっちゃうんですよ。事実って基本的に沢山の見方があるのが真実ですから。精神分析なんて主観的なものから主観性が失われると、途端につまらなくなるんです。
歴史もそう。歴史は勝者の歴史だって言われるけど、何故勝者の歴史なのか。当たり前です。勝者が書いた方が面白いから(笑)。敗者が書いた歴史なんて誰も読みたがらない。面白くないんだから。だから歴史ってのは常に面白い。常に勝者が書くから。

だからこれから語る事は、これは僕が語るから面白いんであって、多分別な見方もある。あるし、ネットとかにこういう意見をあなた方が上げると、多分反論される。反論されるとあなた方は「そうかもなぁ」と思う(笑)。それはその瞬間に、その内容が主観じゃなくなってつまらなくなるから。面白いっていうのは基本的に主観なんです。
これから言う話は、そういう観点で聞いて貰わないと色んな問題があるんです。例えば人の悪口に聞こえる事もある。これは主観故にしようがない事なんで、そういう視点もあるっていう事。これ重要な事ですよ。

27 Sep 2011

井上純弌氏の語る「売れたくない病」と「売れる/売れない」について

9月25日に実施された井上純弌(希有馬)氏のトークイベントに参加した。テーマは「聞くだけで上手くなる萌え&エロ絵講座」。しかもtwitter上ではちょっと話題になった「売れたくない病」についても触れる予定との話。

そのイベントで語られた内容には賛否あろうがテーマが興味深いには違いない、更にUst同時配信とかやっていればともかく、配信は検討するようだが未定との事だったので、イベント参加時にメモ取りしていたのを整理して書き起こした。

なので以下掲載する内容に私が全面同意しているワケではない事にご注意を。言い回しや文脈が前後しているのを整理しておる関係上、その際に私自身の表現が多分に混入してしまい、本来の氏の主張とズレてしまった場合には、それは私自身の責任として受け止めたいとは思っております。

まずは第一弾として、「売れたくない病」と「売れる・売れない」話について。今回のイベントの枕にあたるトークです。以降は追々。手元に余裕がある時に作業してるんで、思うようなスピードで処理できなくて申し訳ない。

1)「売れたくない病」について

 

まず前提として「面白い/面白くない漫画」と「売れる/売れない漫画」は別位相の話になります。面白くない漫画でも売れる漫画はあるし、面白くても売れない漫画もある。売れるから面白いってワケじゃない。だから僕が「売れたくない病」にかかっても、公称20万部になった「中国嫁日記」は「売れる漫画」なんです。

 

「中国嫁日記」を商業で刊行するにあたってデザインを依頼した里見さん(よつばスタジオ)は、僕の「嫁日記」漫画をWEBで最初に読んで、「俺がどうにかして動いて書籍化しようか」って一瞬思ったんだって。でも止めた。それは「こいつは面倒臭い。こいつには『売れたくない病』がある。漫画を読むと分かるが、こいつは実は売れたくない」と思ったから。

僕の発症している「売れたくない病」は、基本的に自分の漫画が売れない事を知ってる人間がかかる、典型的な症状です。無意識に発症してる人もいれば、意識的に発症してる人もいる。意識的に発症してる人は、売れる方向に持っていくのが厄介ではあるけれど、それは人それぞれの生き方だし、全員が全員売れる漫画を描かなくたっていい。無意識に発症している人は、言えば治せるだけ厄介ではないんですが、僕みたいに「売れたい」と思っているのに発症してしまっているのが、本当にきついんです。

 

世の中何が辛いかって、「物凄く面白い!」と思う漫画を編集に貶されるのが本当に辛いんです。

僕はTRPGやりながら漫画描いてましたけど、いろんなネーム描いても没喰らって一向に載らなかった。そうなると何が起こるか。無意識に自分の考える売れない要素(わかりにくいネーム、盛り上がりを削る、等)を盛り込み出して、「僕はこんな漫画を描いてるから売れなくて当然だ」って防御しちゃうんです。

 

僕に限らず、「GANTZ」の奥さん、「アイアムアヒーロー」の花沢さん然り、漫画内漫画を描く人が多いっていうのは、そういう、漫画家にとって自分のネームを否定されちゃうのが一番辛いって事の証です。

そういう辛い事に対して人間はどうするかと言うと、「これは痛く(辛く)ないようにしよう」ってDV被害者みたいに防御反応が働いちゃうんです。

例えば「バングラデシュで玉の輿」って漫画があって、これがネタとして凄く面白い。どこか知らないバングラデシュの男と結婚したら、その男が「建国の父」の息子で、いきなりお姫様になっちゃったBL同人女って話だから。でも全然売れてない。それは著者の黒川さんの照れがあるから。「こんな漫画読まなくていいですよ」「大した話じゃありませんよ」的な電波が出てるの。「ツレがうつになりまして。」の細川さんにもまだ少しある。逆に「ダーリンは外国人」の小栗さんには、そういう衒いが無い。

この「すいません売れてしまいまして」とか「いや僕の漫画なんて読まなくてもいいですよ」っていう電波というか照れは、辛い持ち込み時代を経験してると必ずあるんですよ。これが全く無い人って凄く少なくて、ある意味才能なんです。

例えば「セーラームーン」の武内さん。物凄いヒットしてる時に雑誌の柱に「こないだポルシェの展示場に行ったら凄いいい車あったんで買っちゃいました! 販売の人がタキシード仮面そっくりなの。だからタキシード仮面が納車してくれるの。ウフ」って書いちゃうんですよ! そんなの書けないですよ。僕なら自分がポルシェを買うというシチュエーションに耐えられなくて、絶対に黙ってるか、如何に買うのが大変だったかを書く。この武内さんの衒いの無さは、「売れる」という才能なんです。

売れた時に居丈高にできる、「売れちゃってすいません」ではない態度ができるのがいいの。twitterでの茂木健一郎さんみたいに。

売れてる時に「僕は売れてますよ」って顔ができる、若しくは自意識を肥大させる事ができる人をウォッチするのが僕は好きなんです。茂木さんもそうだし、昔は野村沙知代さん。デーブ・スペクターも好きだし、勝間さんも大好き。日垣先生も大好き(笑)。最近だと町山さんが好き。これはそういう人たちがバカだとか間違ってるって話じゃなくて、そういう風になれる・アイドルになれるというのは才能なんですよ。ウォッチしてると一時的にその人と一緒になって自意識を肥大させて無敵状態になれる。同様に僕はヤザワが好きだし、里見さんも好きです。

ところが僕みたいな奴だと、「何万部増刷します!」とか言われると「そんな事していいの?」とか言っちゃう。

 

こういう風に「売れたくない病」があって、常に自分の物が売れない理由を作ってしまうんです。

ここまでがネットで騒ぎになった所。でもこの話にはまだ先があって。

 

その人が偶々売れてしまったとする。売れて有頂天になって自意識が肥大するのは、里見さんに言わせればオッケーなんです。自意識を肥大させてヒットしたんだから、漫画描いてそれが売れて、そのまま常に面白い漫画を描けるから。だから「ブラックジャックによろしく」は面白いんです。あの佐藤さんは自意識が肥大している。だからあの漫画は面白い。僕にはあれは描けない。自意識が肥大するのは素晴らしいんですよ。

ところが僕みたいな奴がヒットすると、小賢しい事を考えてしまう。何故売れたかって分析を始めてしまうんです。分析して、ウケた事と全く同じ事やっちゃうの。同じ事やっておけば「安牌」だって。

これは琴奨菊関の相撲と一緒なんです。彼の相撲は立ち会いの時しか考えない。後は速すぎて思考できないから。そこで「前回こうやって勝てたから、そうすれば勝てる」と思ったら、その瞬間に負けているんだって。それを大関取りを2回逃すことで彼は思い知った。

 

僕は里見さんから「中国嫁の当たった分析は止めろ」と言われた。それは庵野さん流に言えば「評論をやると売れない」って話です。基本的に読者の皆も「評論を”したい”人」であって、評論する本は売れないんです。町山さんが映画評論で食えているのは、あの人がクリエイターで、本の中で映画を語ってるんじゃなくて、映画にかこつけて自分を語ってるからなんです。そういうアプローチじゃないと映画に近づく事ができないから。小説の評論だって同じです。

 

最終的にこの話に結論はありません。

僕は「中国嫁日記」が売れちゃったから、売れたがために「売れたくない病」を潰さなきゃいけないというややこしい領域に入ってます。

「売れたくないなぁ」と思ってる奴が、もし売れてしまった場合。その行為を消そうとするのは間違いなんですよ。だったら何も考えるなって言うと、分析しちゃダメって事でどう描いていいか分からない。赤松先生がtwitterで「やり方あったら是非教えてください」って言ってたけど、それは僕が知りたい。

 

2)売れる・売れないの違い

僕はTRPGをやってたから「売れる/売れない」問題は体験してるんじゃないかと問われると、これはもう明確に違うんです。

僕はTRPGをやってる時「如何に売れるか」「如何に多くの人に遊ばれるか」を考えている。最初の「天羅万象」では好き勝手やらしてもらって、後でエロゲ企画だったけど出なかったからRPGにした「エンゼルギア」も少し好きにやらせてもらったんだけど、それ以外は大体そう。

でもTRPGって売れないですから。日本のTRPGの歴史が約30年、その中で一番売れたのは「ソードワールド」(グループSNE)で、これが大体30万部くらい。「中国嫁日記」の今の公称部数からすると、恐らく1年以内に売上超えちゃうんですよ。

 

同じ「筆」という商品でも大作用筆と面相筆は別なんです。大は小を兼ねると言ったって大作用筆で面相筆の代わりにはならないんです。同じように10万部=10万本売れる筆と、1万部=1万本売れる筆は、同じカテゴリでも別個に扱われるんです。出版社は利益集団だから、売上によって扱いが全然違ってもしょうがない。

見田竜介さんが「売れない時は、なんでみんな俺の言う事を聞いてくれないんだろうって思ってたのに、売れると今度はどうしてみんな俺の言う事聞きまくるんだろうと思った」と言ってたように、売れると「同じ事を言ってても周りの態度が変わる」現象が起こる。「中国嫁日記」は公称20万だから2万部打ってた時代からすれば10倍の発言権を得たって事なんです。多分1千万部って人は1万部の1千倍の発言権を持ってるんですよ。明確に。これは出版業界が汚いって話じゃない。

新谷かおるさんの話になるんだけど。新谷さんはとても原稿が遅い。ある時本当に原稿が落ちちゃうギリギリの状態の時に上がって、担当編集が「もうお前いい加減にしろ!二度とお前の編集なんかするか!」って原稿叩き付けたんだって。でもその漫画が、その週のアンケートランキング1位だった。その編集がどうしたか。翌日仕事場に来て「流石新谷先生でございます!ヒットすると思ってました」って(笑)。

でも僕はこの編集はエライと思う。この作家が売れると思ったら頭下げる編集の方がエライですよ。大人です。作家が成績出したのに態度変えない編集の方が僕は無能だと思う。だから売れてない奴の言う事なんて聞かなくていいんですよ。僕ついこないだまで売れてなかったけど(笑)。

 

ピロシ's Space

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好きなエンタープライズ:NCC-1701
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